カエルが・・・(年長)

2022年7月

園のビオトープに
カエルがやってきてからというもの、

毎朝ビオトープに寄り道してから
入室する子も多くいます。

元気に過ごしているか、
変わりはないか、
仲間が増えているか・・・

カエルの姿を確認すると
ホッとしたようにクラスに入ってきていました。

・・・が、
この日は違いました。

「せんせーーーーーーーい!!!!」
「カエルが死んでしまっている!!!」

子どもに呼ばれた場所へ行くと
昨日まで見ていたカエルとは
似ても似つかない姿になったカエルが1匹。

そうなったのが『弱って』ではないことは
見た瞬間にわかるほどでした。

葉っぱの上に寝かされて、水草をかけられたカエル。
「カエルちゃんが干からびないようにしたんよ・・・」
肩を落とし話す子たち。

園の生き物の一大事!
もちろん園長先生にも報告!

子どもたちの輪は
あっという間に広がって
気がつくと
年長組のほとんどの子が集まっていました。

落ち込む気持ちと同時に
『一体なぜこのようになったのか』
という疑問が生まれました。

子どもたちがたてた仮説は

〇骨が見えているという事は『食べられた』のでは?
→怪しいウンチがある!
これを残した生き物が犯人では?

〇では、何に食べられたのか?
→ゲンゴロウ?カラス?タガメ?いのしし?
 えび?ライギョ?

〇いつ、食べられたのか?
→前日の夜?みんなが寝ている間?

〇カエルを食べた『犯人』はどこへ?
→門は閉まっていたから、空?ジャンプ?

と、いうものでした。

これまでの自分の経験や
絵本や図鑑などの知識をフル稼働して
このような仮説が生まれました。

それを口々に伝えようとする子どもたち。

しかし、答えは分かりません。

はっきりしているのは
目の前のカエルが命を落としたという事実。

連日カエルと遊んでいた子は
「これは(遊んでいたカエルの)こんちゃんではないよ!」
「だって模様が違うもん!」
と、断言。
その子の表情から
こんちゃんの無事を願う気持ちが
痛いほど伝わってきました。

この日は、カエルが亡くなったことを
子どもたちなりに受け止め、
『寂しくないように』と
去年のゲコちゃんのお墓に
埋めてあげました。

年長組の騒ぎを聞きつけて
いつの間にか年中組も合流。
日頃、一緒にビオトープの観察をしている子も多く、
年中組も真剣なまなざしで話を聞いていました。

いつも元気いっぱいの子どもたちですが
この時間ばかりは
心静かに手を合わせ
死んだカエルに思いをはせていたように思います。

生き物とかかわる時、
『生き物を大切に扱ってほしい』
『生き物のすごしやすい環境を考えてほしい』
と、大人は考えます。
しかし、子どもは
『命がなくなる事』で
『命がある事』を感じとるのも事実です。
(園の生き物には申し訳ないけれど)
そういった経験を積み重ねていくことで
『命あるもの』とのかかわり方を
少しずつ自分たちで考えられるように
なっていくのではないでしょうか?

今回のカエルの死は
子どもたちの心にどのように残り
これからの生き物とのかかわり方が
どのように変化していくのか、
焦らず、じっくり、見守っていきたいです。

カエルちゃん
天国でゲコちゃんと元気いっぱい泳いでね。
たくさん遊んでくれてありがとう。

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